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コレスポンデンス

「細胞内Ca2+測定法の有用性と問題点」
115巻:6号、361ページを読んで

東京薬大・生命科学・生体高次機能 工藤佳久
kudoy@ls.toyaku.ac.jp

 細胞内Ca2+濃度測定法は細胞生物学的研究において、 もはや不可欠の方法となっている.装置にさえ投資すれば、 これほど手軽に細胞のダイナミックな機能を解析できる方 法はなく、得られたデータの説得力と論理展開への手がか りとしての価値は極めて大きいことから考えれば当然のこ とである.すっかり、この方法に依存してしまっている者 には、遠藤先生の一文「細胞内Ca2+測定法の有用性と問 題点一エクオリンとindo-1シグナル」は貴重な警鐘である。 用いたCa2+指示薬の性質を全く考えないで、得られた結 果をそのまま鵜呑みにしてしまうということはよくある。 しかし、逆に指示薬の特性を十分に理解して、目的とする 細胞の目的とするCa2+濃度ダイナミックに適合する指示 薬を選んで計測を行えば、極めて重要な成果をもたらすこ とも確かである。骨格筋や心筋の収縮に伴う細胞内Ca2+ の計測にエクオリンが用いられる場合はほとんど筋組織そ のものを用いており、そこから得られるエクオリン発光の 時間、空間的要素は暖味であるので、このデータから筋収 縮とCa2+トランジエントの関係を論議するのはもともと むつかしい。遠藤先生が「筋収縮が最大に達した時には細 胞内Ca2+トランジエントはすでに弛緩レベル近くに下降 しており、収縮機能とCa2++ランジエントは完全に解離 している。」と述べておられるが、このような解離は他の Ca2+指示薬を使ってもおきるのだろうか。筆者は筋収縮 に関わるCa2+依存機構については教科書的な知識しかな いので、推測でしかないが、収縮が生じているのだから、 トロポニンCには十分なCa2+が結合している、すなわち トロポニンCの周りのCa2+濃度はまだ十分高いはずであ る。とすれば、エクオリンでそれが計測できないのはなぜ なのか。エクオリンは「トロポニンCに結合していない、 すなわち筋収縮に寄与していないCa2+を結合して発光す る」とのことであるが、もし、エクオリンが筋細胞の細胞 質に均一に分布しているならば、。例えそうであっても、計 測できるはずである。これはおそらくエクオリンのCa2+ 結合能によるものと考えられる。

 エクオリンのCa2+結合能(Kd)は約1μMであり、ト ロポニンCのCa2+結合能に近いところにあるので、一見 好都合に見えるが、トロポニンCとエクオリンのCa2+結 合能が近いと言うことは、エクオリンがトロポニンCの 機能に影響を与える可能性が高いことを意味する。これは Ca2+結合能がさらに高いindo-1やfura-2を用いた場合は さらに厳しくなる。細胞内Ca2+濃度の上昇の有無だけを 検討する場合には、この種の感度のよい試薬は有利である。 しかし、筋収箱など細胞機能と同時計測する場合には、し ばしば結果の解離が生ずることは当然である。

 現在、入手できる蛍光Ca2+指示薬の性質は多種多様で あり、目的に応じて、様々な選択が出来る。例えば、ここ で問題にされている筋収縮に関わる非常に早いCa2+濃度 の変動を正確に計測するには、Ca2+結合能の低い試薬、 Mgfura-2(Furaptraとも呼ばれる)((Kd=25μM)、 Mgindo-1(Kd=35μM)、indo-1FF(Kd=21μM)、fura- 2FF(Kd=25μM)、BTC(Kd=10μM)、などが入手で きる。なぜこんなに感度の悪い指示薬が必要なのだろうと 思われるかもしれないが、細胞のCa2+依存性機構に影響 を与えることなく、しかも、Ca2+トランジエントの時間 経過に確実に対応できるという意味では極めて有効なので ある。実際に、indo-1FFを用いて単離平滑筋細胞収縮時 のCa2+濃度変動を計測した例では細胞内Ca2+は150μM/ sの速度で、35-60msの間に最大6μMに達していると報 告されている(1)。もし、indo-1を用いると、Ca2+濃度上 昇速度も最大濃度の値もはるかに下回る・その他にも、Mg fura-2、Mgindo-1、fura-2FFなどを用いて測定された結 果から、細胞内Ca2+濃度のダイナミックスは我々が考え ていたよりも蓬かに大きいことが示唆されている(2-3)。 また、実際のCa2+ダイナミックスを解析するにはやはり 単一細胞レベルでしかも画像解析が必要である。共焦点顕 微鏡をうまく使えば、一次元であるが、特定部位のCa2+ 濃度レベルを高速で計測できるし、ニポー板を用いた計測 装置(例えば、横河CSU-10)ではビデオレートで二次元 計測がまたはそれ以上で計測できるようになっており、細 胞内での部位特異性を可視化解析することが出来る。この 種の装置とCa2+親和性の低い試薬を組み合わせれば、遠 藤先生が指摘されている時間、空間的関係をより明確に解 析できるのではないだろうか。特に筋細胞のように動く標 本では、励起光波長のCa2+濃度依存性シフトを応用する ことは難しい。このような場合にindo-1系の蛍光波長に Ca2+濃度依存性変動特性のある試薬が有効である。この 種の試薬を用いて画像処理計測するためにはタプルビュー マイクロスコープシステム(浜松ホトニクス、A4313)が 有効である。この装置ならば、二波長画像を左右の画面に 取り込んで画像処理することが出来るので、筋長の変動に まったく影響されることはない。さらに、カルモジュリン のCa2+結合部位の両端にGreen fluorescence protein (GFP)とB1ue fluorescence protein(BFP)を結合させ、 Ca2+結合による蛍光エネルギー共鳴移行(FRET)「カメ レオン」(4)の蛍光計測にもこの装置は有効である。この 場合は、励起光にアルゴンイオンレーザーを使えるので、 ダブルビュー共焦点顕微鏡として使うこともできる。この 種の分子生物学的方法でタンパク質、エクオリンを発現さ せる試みは5年も前に発表されている(5)。この場合はエ クオリンの負荷のために細胞に障害を与えることもないし、 エクオリンのアミノ酸配列を操作して結合能を調節するこ とも可能であり、目的の現象を確実に捉えることが出来る ようになるはずである。このように細胞内Ca2+ダイナミ ックの計測法はさらに改良され、進歩しているので、より 理想に近い形で計測できるようになることが期待できる。

 細胞内Ca2+濃度の変動が生命現象のあらゆる場面に関 わっているだけに、研究者人口は極めて多く、発表論文数 も多い。しかし、これらの論文の中(自分の論文も含めて) にはアーチファクトをまったく考慮していないものが少な くをい。遠藤先生が指摘されているように、常に自分が計 測している値が、確かにCa2+濃度を反映しているのか、 さまざまな妨害因子や病態生理学的影響を確かめながら計 測すべきであると自戒している。

【文献】(1) Gantikevich VY: Cel1 Ca1cium 23, 313-311 (1998) (2) Gantikevich VY and Hirche H: Ce11Ca1cium 19, 391-398 (1996) (3) Martine-Zagui1an R et a1: Ce11 Physiol Bi㏄em 8, 158-174 (1998) (4) Miyawaki et a1: Nature 388, 882-887 (1997) (5) Brini M et a1: J Bio1 Cem 270, 9896-9930 (1995)

これは日薬理誌116巻1号より転載したものです。  

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